北新地最古参バーテンダー引退へ 原点の屋台バー復元も
バーに立つ26日まで「たくさんのお客さんに足を運んでもらいたい」と話す和田さん=大阪市北区曽根崎新地1丁目、寺尾佳恵撮影
大阪・北新地で半世紀以上もバーを営み、最古参のバーテンダーとされる和田幸治さん(88)が今月、現役生活を終える。27日の引退式では約60年前に押していた「屋台バー」が復元され、花道を飾る。
戦後の食糧難から、京都にあった賄い付きの飲食店で働き始めた和田さん。その後、米軍の将校クラブなどでバーテンダーの腕を磨いた。1956年から1年間、「お金はないが、屋台だったら何とかなるだろう」と、大阪市北区にあった曽根崎公設市場周辺で洋酒屋台を開いた。
木製の屋台を自ら設計し、白いペンキを塗った。押しやすいようにタイヤは四つ。冷蔵庫の上に流しと調理台、屋根に水を入れたタンクが乗る。「幌(ほろ)馬車」と呼び、ウイスキーやカクテルを提供。新聞や雑誌が取り上げた。映画「七人の侍」などに出演した俳優の木村功さんらが常連だったという。
北新地に約10平方メートルのバー「樽(たる)」を構えたのは61年。30年ほど前から、好きなシェークスピア劇にちなんだオリジナルカクテルを250種類以上作り、シェークスピア没後400年の昨年、満を持して「ウィリアム・シェークスピア」を発表した。
開店当初から通う芳賀電機(大阪府吹田市)の芳賀洋(ひろし)会長(86)は「ウイスキーもワインも自分の飲みたい酒が必ずあった。色気はなく、酒好きのための店」と評する。40年ほど前、当時まだ珍しかったボージョレ・ヌーボーを飲ませてもらった。以来毎年のように11月の第3木曜は樽に足を運ぶ。「気楽に行けて安心して飲める場所。和田さんは酒の知識が豊富で、歴史も説明してくれた。引退すると本当に寂しくなるね」
50年近く通う梅田画廊(大阪市北区)の社主土井洋三さん(72)は「和田さんは若いころから無口。静かに飲ませてくれるのが好きで、落ち着く」。仕事帰りに立ち寄り、カツサンドやビーフシチューを食べながらビールを飲んだり、彼女や大学時代の友だちを連れて行ったりしたのもいい思い出だ。
自動車部品会社のパシフィック工業(同市福島区)の長安修さん(67)は「酒の師匠。和田さんにお酒の飲み方を教えてもらった」。30代のころは週2回は通い、常連仲間とバスツアーでワイナリーを回ったこともある。
昨秋の55周年パーティーにサントリーの鳥井信吾副会長が訪れ、「屋台を復活させたらおもしろい」と話が盛り上がった。今回の引退を受け、鳥井さんも全面的に協力。27日に近くのホテルである引退式では和田さんの記憶をもとに再現した屋台を披露し、本人がシェーカーを振る。
和田さんが店に立つのは26日まで。「人生は失敗の連続だったけど、お酒と店があったから大勢の人と知り合えた。それが何よりもうれしい」。引退後は、オリジナルカクテル本の執筆に専念するつもりだ。(寺尾佳恵)
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