頼るのが苦手なあなたに 5児の母・医師が語る受援力

写真・図版「人に力を貸してもらうことを良しとする雰囲気が広まれば、働き方改革などにもつながります」と話す吉田穂波さん=2月20日、埼玉県和光市の国立保健医療科学院、瀬戸口翼撮影

子どもの入園や入学、育休からの復職など、新生活に向けて不安を感じている人も多いはず。困った時に助けを求めるスキル「受援力」を身につけては――。かつて「人に頼ることが苦手」だった産婦人科医で5児の母の吉田穂波さんからのアドバイスです。

「『人を助けましょう』とは幼い頃から言われますが、自分が困ったとき誰に相談し、どう頼むかという練習はしたことがないですよね」

東京・池袋で2月に開かれた吉田さんの講演会。赤ちゃん連れの母親らがうなずく。「人に頼ることは恥ずかしいことでなく、相手への信頼の証しです。みなさんも相談されるとうれしくなりませんか。誰かに相談されることでその人自身が健康になるという研究もあり、相手にもいいことです」と語りかけた。

受援力とは、人に助けを求め、快くサポートを受ける力のことだ。内閣府が2010年、災害時にボランティアを地域で受け入れるためのキーワードとして提唱。吉田さんは、災害に限らず広い意味で大切な概念だと考える。

■生きるうえで必要なスキル

こちらのわがままと受け取られず、相手に気持ちよく引き受けてもらうには工夫が必要だ。講演では「頼む前から『ありがとう』を言いましょう。相談できる相手がいることにまず感謝を表しましょう」「相手の名前を呼ぶ」「相手を尊重し、都合を聞く」「依頼は結論から明確に」など具体的な頼み方を練習した。受援力は今や「大人も子どもも生きるうえで必要なスキル」と指摘した。

吉田さんが受援力の必要性を感じたのは、自身のつらい体験がきっかけだった。

産婦人科医として働いていた2008年、米ハーバード公衆衛生大学院に留学した。当時3歳、1歳、1カ月の子どもを連れて夫と渡米。海外で勉強しながら子育てをする生活は「わからないことだらけ」だったが、必要に迫られて周りに頼むことで会話が始まった。「ありがとう」とお礼を言うことしかできなかったが、相手も喜んでくれた。すると、相手からも「旅行中、この鉢植えを預かってくれない?」など頼まれるようになり、ネットワークが生まれてうれしかった。「頼むことはコミュニケーションなんだな」。大学院を修了した2010年、第4子を出産し、夏に帰国した。

翌年の東日本大震災。発生から3週間後、「力になりたい」と助産師や産婦人科医の派遣チームをつくり、宮城県石巻市で妊産婦や赤ちゃんのケアにあたった。その後も東京で仕事をしながら、毎月3~4日程度、ボランティアで被災地に向かった。東京に戻っても仕事の合間に現地から報告を受け、チーム運営に関わり、やるべきことがどんどん増え、処理できずに積み重なっていった。活動に行き詰まりを感じ、本当は被災地の人には何も役に立っていないのではないかと、無力感に襲われるようになった。「誰にどう頼めばいいかもわからなくなり、すごくつらいのに引き受けていた」。半年後、突然景色がモノクロにしか見えなくなった。燃え尽き症候群だった。

■頼る=前向き

自分は物事を人に頼める人間だと思っていた。1人で抱えてはダメだとわかっていたのに。

どうすればもっと早くに「助けて」と言えただろう。日本人は「他人に迷惑をかけたくない」という思いが強い。「してほしい」ことや「頼むのはあなたを信頼しているからこそ」ということをうまく伝え、感謝しながら助けを受ける技術=受援力が役立つのではないかと考えた。頼ることを前向きにとらえられるよう小冊子「受援力ノススメ」を作り、ネットでダウンロードできるようにした。

講演していると、特に30代から40代の子育て世代は頼ることが苦手だと感じる。大切なのは、自分だけではできないと割り切ること。ベビーシッターを頼んでいる吉田さんも初めは「1人で子育てと仕事を両立させている人が多いのに、それができない自分は情けない」という気持ちの壁があったという。「助けを求める先にあるものを考えてみては。無理をして体調を崩すのでなく、余裕ができることで子どもを大切にしたり、いい仕事をしたりすることにつながるかもしれません。そうやって助け合いが循環したらいいですね」

■断られたときは

一方で、責任感が強い人ほど「できないなんてみっともない」「断られたら恥ずかしい」と頼むのをためらう傾向があるという。「断られたら、自分への拒絶だとは受け取らず、軌道修正する材料として活用しては」と言う。

4月から環境が変わる人へのアドバイスを聞いた。「心細いときは何でも聞いてみましょう。同じ不安を持つ誰かの気持ちを安心させているかもしれません。教えてもらうことで自分に力がつき、誰かを助けてあげられるようになります。新しいつながりもできます。ゼロから始まるときこそ受援力の出番です」(文・大井田ひろみ、写真・瀬戸口翼)

よしだ・ほなみ 産婦人科医。2008年、米ハーバード公衆衛生大学院に子連れで留学。現在、国立保健医療科学院主任研究官として母子保健の研究と人材育成にあたっている。3歳~12歳の5児の母。著書「『時間がない』から、なんでもできる!」は中国でミリオンセラーに。

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