「主人」や「嫁」という言葉は賞味期限 川上未映子さん
3月8日は国際女性デー。作家の川上未映子さんは、4歳の息子さんに「男女のフェアネス」を徹底して伝えているといいます。そのわけは――。
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いま4歳の息子は、3歳の頃から「男は強くて女は弱いんだよね」とか「男は女を守るんだ」とか言うようになりました。そういう価値観を外でがんがん仕入れてくるんです。その都度、一つひとつ「違うよ」と解除しています。
おなかが減るのに男も女も関係がないように、悲しいやうれしいに男も女も関係がないように、強い弱いに男や女は関係ない。その時、余力のある人が弱っている人を助けるだけ。男でも弱っている人がいるし、女でも強い人もいるよ、と。
■女性はアプリみたいな存在
日本では、社会のOS(基本ソフト)が男性だとしたら、女性はアプリみたいな存在。小さい頃からそういう構図が内面化されつくしていますよね。
例えばブラジャーをつけるにしても、学校で私が言われたのは「男子生徒が落ち着いて勉強できなくなるから、つけるように」と。性被害にあっても、「隙があった」「挑発的だった」とか。女には主体性を与えられない。これでは女性が女性の身体を持っているだけで駄目なのだと、否定されているようなものです。
私たちに与えられた将来の夢は、恋愛や結婚や母親になるだとか。もちろんどれも悪くないけど、「総理大臣になる」とかはなかった。
でも、私がそういう違和感を言語化できるようになったのは、20代になってからでした。
■男女のフェアネス、息子に徹底
いま親になり、まだまだ同じようなことが繰り返されているんだなあ、とあらためて感じているところです。子ども番組でも最近は、例えば仮面ライダーもピンクを着るし、プリキュアみたいに女の子が戦うというのもあるから、ジェンダーフリーを意識したようなものは出てきている。でも、やっぱり息子は「女は弱い」みたいなことをふとしたときに言ってきます。
解除しても解除しても、モグラたたきのようで本当にトホホですが、男の子だから、今の社会でいえばやがてシステムの側にいく。だから、男女のフェアネスということは徹底して伝えています。
先日、「配偶者に主人や嫁という言葉を使うのはやめよう」とコラムで書きました。パートナーとは対等な関係であるべきなのに、なぜ主従関係や属性を表す言葉がいまだにこんなに使われているのか、と。
稼ぎの多さとか専業主婦だからとかは関係ない。家庭に主従の構図があるのはおかしい。主人なんて言わず、嫁なんて呼ばずに、フェアであるべきです。
■まず家庭の中を変えよう
でも、ママ友たちの話を聞いていると、おなじくらいの時間外で働いていても、夫は自分のほうが稼ぐという理由で、家事や育児の負担の多くを妻が引き受けることになる。キャリアをストップさせるのも、ほとんど女性。社会設計がそうなっているせいで、男性も女性も、そういうものだと思うようになる。家事も育児も大変な仕事なのに、稼ぐほうが、経済を握っているほうが偉いということになる。おかしいと感じても、言えなくなっていく。
私たちがまずできることは家庭の中を変えること。「お父さんは外で働いているから」と家では家事をしなくていいのか、夫婦がお互いの仕事や立場にフェアな敬意を持つのか。それを見て子どもは育ちます。
「呼び方なんてたいした問題じゃない」と言う人もいる。でも言葉って本当に大事。男性でも女性でも、配偶者を「これ」とか「おまえ」とか呼ぶようになってきた時から、DVとかそういう関係が作られていくんですよ。主人とか嫁とか呼ばれていると、そういう関係性が内面化されていく。だから言葉の力を馬鹿にしてほしくないんです。
もう2017年なのだから、これまで当たり前に使われてきた言葉の賞味期限を見直していかないと。「女子力」なんかも、女性を都合よく扱うための言葉としか思えない。
■男も女も、解放を
最近は、こうした違和感をSNSで共有できる。自分の考えを言語化したり、闘い方や自分の守り方が分かったり。それはすごくいいことだと思っています。女の子たちには、何かおかしいなと思ったら目をそらさずに、その違和を言語化して考えて、と伝えたい。自分の人生を作り上げていくのは自分自身。主体性を持って生きて欲しいです。
大人たちは、「女だから」なんて性別をたてにとって女の子に限界をつくらないでほしい。「女の幸せは結婚と出産」とか言うのもやめて。自分の人生は自分で決めるんだよと、そんなふうに男の子にも女の子にも、ひとりの「人間」として話をしてほしい。
日本ではなぜか否定的にとらえられることがあるけれど、私はフェミニスト。専門的な教育を受けたわけではなく、自分で学んでたどり着いた自分の立場だと思っている。上智大の三浦まり先生が言った「性差別主義者でない人はみんなフェミニストだ」という定義に賛同します。
男性も「男らしくあれ」とか「男は稼いでいくら」とか、そういうものから自由になってほしい。戦いごっこに興味のない男の子だって、強くない男の人だって、当たり前にいる。男も女も、もう、望んでいない「らしさ」から解放されましょうよ。(聞き手・三島あずさ)
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かわかみ・みえこ 作家。1976年生まれ。大阪府出身。「乳と卵」で芥川賞(2008年)、「愛の夢とか」で谷崎潤一郎賞(13年)を受賞。代表作に「ヘヴン」「すべて真夜中の恋人たち」など。自身の出産・育児を描いた「きみは赤ちゃん」など、エッセーも人気。
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