封じ込めた幼少期の記憶、鮮明に トラウマと向き合った

写真・図版妻の趣味であるレース編み。療養中のささやかな癒やしになった

妻はサバイバー:5(マンスリーコラム)

夏の日が差し込む部屋で、新たな療法が始まった。

テーブルをはさんで、妻と臨床心理士の女性が向き合う。

「今、どんな気持ちですか」と聞かれ、妻は「帰りたい」。消え入るような声で、下を向いたままつぶやいた。

2013年7月、こんな会話からカウンセリングが始まった。私も同席した初回の面接で、妻はかなり緊張していた。先行きが心配になった。

それから4年間、面接は継続した。柱となったのは、幼児期からの自分史をたどる作業だ。

臨床心理士のカウンセリング

きっかけは、取材で出会った医療関係者の言葉だった。「奥さんがじっくり話を聞いてもらえる場が必要では」。症状の背景にあるトラウマ(心的外傷)に目を向けるべき、という趣旨だ。

妻は毎週、精神科の外来を受診していた。診察は5~10分程度。妻は温厚な主治医を気に入っていたが、多くの患者を抱える医師が長い時間をかけて患者と対話することは難しい。妻は過食嘔吐(おうと)と飲酒に加え、手首を自傷するリストカットを繰り返し、回復の糸口を見いだせずにいた。

専門的な心理療法を受けられないか、主治医に相談してみたところ、同じ病院の臨床心理士を紹介してくれた。

カウンセリングの面接は週1回、50分間。原則として、本人と臨床心理士が1対1で行う。はじめの半年ほどは妻が安心感を持てる雰囲気づくりにあてられたようだ。朝から酒を飲み過ぎて欠席することもあったが、しだいに前向きに通うようになった。

年末になり、過去と向き合う作業に取り組んだ。

二つの疾患

人間はあまりに過酷な体験をした場合、その記憶を封じ込めてしまう。単なる忘却とは違う。自分の心を守るため、耐えられない記憶だけを切り離し、思い出せなくするのだ。

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