13歳で来日、漢字もうどんも教わった 「共生」の先に
1991年。渡辺マルセロさん(40)は、ブラジル・リオデジャネイロから岐阜県美濃加茂市へ移ってきた。前年に改正出入国管理法が施行され、日系2世、3世に日本での就労の道が開かれた。多くの日系人が来日し、先に日本へ渡った父もその一人だった。
マルセロさんが来日した時は13歳。日本語は話せなかった。学年を下げて小学6年に編入された。
「私は学校や地域に助けられました」と言う。
間もなく、近隣住人が渡辺さん一家に世話を焼いてくれるようになった。向かいの家に住み、同じ小学校に通う児童の母親は漢字を教えてくれた。ごみの出し方といった生活ルールを教えてくれた人もいれば、自宅に来て「うどん作り」を伝授してくれた人もいた。
中学校の担任は黒板に書くとき、ふりがなをふった。同級生も分け隔てなく接し、昼休み時間はクラス全員でサッカーボールを追いかけた。
「よそ者という感じがしなかった。国が変わってもここは僕のまち、自分の居場所だと思えた」
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岐阜大を卒業し、通訳として美濃加茂市役所に勤めた。病院の事務職に転職し、もっと日本の法律や制度を知りたいと2年ほどで行政書士の資格を取った。
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